素盞雄神社の創建は、古く延暦14年(795)に遡る。修験者黒珍の住居、東方の小塚に奇岩が有り、ある日突然に光を放った。「吾れは素盞雄大神、飛鳥大神なり。吾れを祀らば疫病を祓い福を増し永く此の郷土栄えしめん。」と託宣。これより二柱の神を祀り、石も「瑞光石」と称して祀った。その場所が小塚で何もない原野だった所から「小塚原」の地名が起ったとも言はれている。天文10年6月3日、荒川に神輿一基が流てれ来た のを町屋村の杢右衛門が拾い上げ素盞雄神社に奉納したので以来祭礼の御輿の宮出しは町屋になった。祭神・素盞雄大神(牛頭天王・須佐之男命)飛鳥大神(飛鳥権現・事代主命) 



本 殿





瑞光石
素盞雄神社の祭神が降臨したと伝える奇岩




天王社の大銀杏

神社境内は古来より「あすかの森」と呼ばれ、銀杏などの大木が林立していた。「江戸名所絵図」にも、境内に樹木が生い茂っている様子が描かれている。この銀杏は幹の周囲3.3m高さ約30m。この木の皮を煎じて飲むと乳のでが良くなると云う伝承をもつことから、絵馬を奉納祈願する習わしがあり、現在も続いている。
正面は大銀杏 絵馬





松尾芭蕉の句碑

「奥の細道」の千住矢立手初めの一節と、芭蕉の座像を刻んだ石碑は、文政3年(1820)10月12碑の芭蕉忌に際し、俳聖を偲んで建立したものである。



庚申塔群
素盞雄神社本殿の西側に三基の庚申塔がたっている。観世音菩薩陽刻塔、如意輪観音陽刻塔、文字塔で、神社では地蔵とよびならはされ、この地で念仏講と庚申講が、深い関わりを持っていたことが確認でき

素盞雄神社は町屋から三河島あたりまでが氏子になる広い地域の鎮守で、祭礼もとても大がかりなもので盛大に挙行されているそうです。神域も広いのでく近くの神社の合併も多く、境内に史跡の説明文などもたくさんあって、楽しいところでした。この資料は荒川区教育委員会刊行の「南千住の民俗」によるところが多く、区役所の職員もとても親切に教えて下さいました。詳しいことは素盞雄神社のすぐ近くの荒川区立、荒川ふるさと文化館(南千住6−63−1)へどうぞとのこと。図書館も併設されています。