穴八幡・甘泉園公園・水稲荷神社


穴八幡神社
(新宿区西早稲田2-1-11)

        穴八幡の石段               石造りの布袋像



「江戸名所図会」という本に「高田八幡、世に穴八まんといふ」とあるように、正式には高田八幡宮という。
寛永18年(1641)に境内の南斜面の霊窟から金銅の阿弥陀如来像が発見されたという縁起から、俗に穴八幡と呼ばれるようになった。
毎年12月冬至の日には、神社の出す守札や鏑弓矢に人気があるが、これは冬至の柚子にひっかけて、金銭の融通がよくなるという信仰から来ている。
境内にある石造りの布袋像の手洗鉢(区文化財)は慶安2年(1649)のもので、江戸城吹上御苑にあったものを家光が奉納したと伝えられている。



甘泉園公園

旧高田馬場付近(現在の新宿区西早稲田3-1・2,12〜14付近)に江戸時代から残る古い庭園が甘泉園である。
もともとは隣の水稲荷神社などを含めた広い庭園だった。中央に湧き水があって、それがお茶をいれるのに適していたことから、この名前がついたという。
この公園、一時は早稲田大学の付属庭園だったが、東京都に売却されその後新宿区に移管されて現在の区立甘泉園公園となった



水稲荷神社(新宿区西早稲田3-5)

甘泉園公園の隣接地にあるのが水稲荷神社である。堀部安兵衛の仇討ちの碑があり、太田道灌ゆかりの神社である。
狩りをしていた太田道灌が、近くで探した榎を記念に植えたのが、神社を建てるきっかけとなった。
この「道灌つかみさしの榎」と呼ばれる榎をご神木として稲荷社が建てられた。
言い伝えによると、後にこの榎の幹から突然霊水が湧き出した。しかもその霊水はどんな日照りが続いても枯れることがない。それ以来ここを「水稲荷」と呼ぶようになったといわれる。